1987年、リック・アストリーは、ミュージックシーンに旋風の如く現れた。21歳という若さからは想像もできないほどの厚みのある声と情感のこもった歌い方が人々を魅了。デビューシングル「Never Gonna Give You Up(ギヴ・ユー・アップ)」を発表すると、一夜にして、ポップス界にその名を知らしめることとなる。リリースからわずか2週間で、シングルはUKチャートで1位を獲得。イギリス以外の世界16か国でも1位に躍り出た。その後2年間、リックは世界中でチャート上位を独占。イギリスでは、デビューから6か月連続でチャートの40位以内に入り続けた。イギリスで男性ソロアーティストが、デビューから連続でシングル8枚をトップテン入りさせたという記録は、いまだに破られていない。

リックは、1966年2月6日、イギリス北部にある炭鉱の町、ニュートン・ル・ウィロウズに生まれた。4人兄弟の末っ子のリックは、母親の影響で、幼少のころから音楽をこよなく愛し、地元の教会の聖歌隊で歌うようになる。その後、ドラムに熱中するようになったリックは、10代前半で地元のバンドに加入。最初は、ソウルバンド「FBI」にドラマーとして参加した。FBIは、人気のある有名なローカル・バンドで、オリジナルの楽曲を作り、地元でクラブ・サーキットをしていた。やがて、転機が訪れる。FBIのリードシンガーが脱退し、リックがセンター・ステージに立つと、独特なバリトンの歌声が注目を集め、レコード・プロデューサー、ピート・ウォーターマンの目に留まった。その歌唱力と音楽的才能に驚いたウォーターマンは、すぐさまリックをロンドンのPWLスタジオに招く。(マイク・)ストック、(マット・)エイトキン、ウォーターマンのもとで、オペレーターとして修業を積むことになったリック。天性の才能を持った彼は、スタジオでも限りない情熱を発揮し、世界的有数のプロデューサーとエンジニアから、録音と制作の技術を学んだ。

ファースト・シングル「Never Gonna Give You Up(ギヴ・ユー・アップ)」は、リリース直後に1位を獲得。そのまま5週連続でトップの座に君臨し続け、イギリスにおける、その年の最多売上シングルとなった。次のシングル「Whenever You Need Somebody(ホエネヴァー・ユー・ニード・サムバディ)」は、7か国において1位に。1987年に本国でリリースされた同名のデビューアルバムには、4曲の自作曲も収録され、世界中で1,520万枚を売り上げた。これにより、リックは同年の英国売り上げナンバーワン・アーティストとなった。このアルバムは、アメリカでも大ヒットし、アルバムチャートのトップテンに入り、グラミー賞の最優秀新人賞にノミネートされる。1988年に、セカンドアルバム『Hold Me In Your Arms(ホールド・ミー・イン・ユア・アームズ)』を発表。収録曲のうち5曲が、大きな売り上げを記録した。「She Wants To Dance With Me(ダンス・ウィズ・ミー)」をはじめ、リックの自作曲も多数収録されている。このアルバムはイギリスのアルバム・チャートで8位に入り、アメリカでは19位を記録した。そして、大規模な世界ツアーが始まる。

リックは、「ストック、エイトキン、ウォーターマン」とのプロジェクトを誇りに思ってはいたが、やがて、自分自身で曲を書くことに熱中し、1人のアーティストとして、進化を遂げていった。そして、RCA/BMGレコードと契約。アーティストとしての制作活動をより自由に行えるようになり、新たに2枚のスタジオアルバムを制作。作曲の腕も磨き、新たにソウルミュージックを中心とした分野にも挑戦し始めた。

1991年、エルトン・ジョンと、アート・オブ・ノイズのアン・ダドリーとのコラボレーションで、3枚目のアルバム、『Free』を制作。英米でトップテンに輝いた「Cry For Help(クライ・フォー・ヘルプ)」には、ゴスペル界のスター、アンドレ・クラウチがクワイア(聖歌隊)のアレンジで参加している。1993年には、ロブ・フィッシャーとリサ・スタンスフィールドとの共同制作で『Body and Soul(ボディ・アンド・ソウル)』をリリースするとまもなく、リックは、音楽活動を休業することを決意。生まれたばかりの長女ら家族との生活を優先することにした。

しかし、アーティストとしての情熱は、消え去りはしなかった。2001年、リックは、ポリドール・レコードから、アルバム『Keep It Turned On』をリリースし、再び、ミュージックシーンに姿を現す。このアルバムは、ダンス・ミュージックとバラードを収録したもので、ヨーロッパで人気を博した。2002年にはコンピレーション・アルバム『Greatest Hits(グレイテスト・ヒッツ)』が、事実上、何の宣伝もない状態で、10万枚を超える売り上げを記録し、UKアルバム・チャートで16位に入った。2004年のUK でのソールドアウト・ツアーを行ったリックは、ソニーBMG(当時)からオファーを獲得し、翌年、6枚目のスタジオ・アルバム『Portrait(ポートレイト)』をリリースする。このアルバムには、フランク・シナトラ、ディーン・マーティン、アンディ・ウィリアムス、エルヴィス・プレスリーなどのカヴァー曲が収録されているが、リックのパワフルで情熱的な歌声に合わせて作曲されたオリジナル曲かと思わせるほどの作品となっている。

2008年、インターネット上で、“リックロール”(注)の一大旋風が巻き起こり、大ヒット・シングル「Never Gonna Give You Up(ギヴ・ユー・アップ)」がネット上で再び注目を集め、その話題が世界を駆け巡った。これにより、「Never Gonna Give You Up」は、イギリスで再びシングル・チャートに登場する。2008年、イギリスでのツアーが大盛況となり、リックはMTVヨーロッパ・ミュージック・アワードで“史上最高のアーティスト賞”を受賞した。

行動力があり情熱的なパフォーマンスを行うリックは、世界各国での演奏活動を続け、現在、新曲の制作に取りかかっている。また、いくつかの独自の画期的なプロジェクト、新鮮かつ魅惑的な音楽ドキュメンタリーの制作なども進行中だ。

(注)
・英語圏の画像掲示板である4chanにおいて、「エロ動画のリンク先」などと称して、別の動画にアクセスさせる、いわゆる「釣り」行為が多発し、釣り動画はアヒルのおもちゃ(ダックロール)の動画が定番となっていたが、2007年にいつものダックロールの代わりにリック・アストリーの「Never Gonna Give You Up」のミュージック・ビデオへのリンクが張られたことで、この曲の人気が再燃した。

<過去の来日公演>
1989年4月
4/3 福岡サンパレス、4/5 愛知県体育館、4/8大阪城ホール、4/10 札幌厚生年金会館、
4/14・15 東京:国立代々木競技場

2006年3月
「80’s Dance Pop Summit」(共演:Belinda Carlisle, Siniita, Michael Fortunati)
3/9 大阪国際会議場、3/11・12 東京国際フォーラム ホールA